■ 学ラン花束 3 ■
それから奴はうちの店の常連になった。毎月19日にやって来ては花束を注文していく。最近では、奴が何も言わないうちに花束をこしらえ始める自分がいた。
一度に交わす会話はそう多くはないが、いろいろと分かったことがある。
彼女の名前がくいなだということ。
奴と彼女が幼なじみだということ。
奴は剣道をやっているということ。
奴の名前がゾロだということ。
ある日の会話。
「は?ちょい待て。くいなちゃんが亡くなったの、いつだって?」
「だから、10年前だ」
「…何歳の時」
「9歳」
…コイツは10年間も月命日にお参りしてんのか。
てゆーか、てっきり恋人どうしかと思ってたが、9歳だと微妙だよなぁ。コイツそれより年下だったみたいだし。
「…お前、10年間もあんな花束持ってってたわけ?」
「いや、アンタに呼び止められたあん時が初めてだ。
…女が喜ぶものってなんだってダチに聞いたら、花だって言われたから」
「…イヤ、確かにそりゃあ間違ってないがな。
にしても、ありゃあデカすぎだろう」
「ハハ、そうみてぇだな」
ゾロは笑うとき顔がクシャッとなる。普段の仏頂面と相まってなかなかいい笑顔だ。
目鼻立ちはハッキリしてるし、清廉な整った顔立ちだ。剣道やってるスポーツマンともなれば、結構モテるだろうに。
「お前、彼女とかいないの?」
「あー、この間フラれた」
なに、いたのか!コイツは聞き捨てならん!
「なんか告られたからとりあえずOKしたんだが、何か言ってることがよく分かんなくて…。
19日は墓参りだから会えないっつったら、私と墓参りどっちが大事なのとか言うから、
墓参りっつったらフラれた」
「お前なぁ…、そりゃあフラれもするよ。俺はそのレディに同情するぜ」
わざとらしくため息をついてみせると、奴はぜんぜん分かってない様子で何でだ、とか言ってる。
そりゃあコイツにはわかんねぇだろうなー。
多分、コイツの恋愛感情とかそういうもんはぽっかり抜けてんだろうよ。
10年前、そのまま育てば綺麗な花を咲かせてたかもしれない芽が、いきなりつみ取られたんだ。その芽を、コイツはまだ捨てられないでいる。捨てる必要は無いものだが、ずっと持ってていいもんでもねぇ。いつか土に返して、新たな種を育む肥やしにしなきゃいけねぇんだ。
10年かかってもそれができないコイツは、馬鹿だ。そんなんじゃ天国のくいなちゃんも安心して成仏できねぇじゃねえか。
でも。
それがコイツらしいっちゃコイツらしいのかもしんねぇ。
そう思うとひどく不器用な、目の前の高校生が妙に可愛く見えて、思わず笑ってしまった。
「お前、馬鹿だなー…」
笑ったままそう言うと、奴はなぜか俺をまじまじと見つめてきた。
なんだ?俺なんか変なこと言ったか?
どうした、と言うと、奴はハッと気づいたように何でもねぇ、と言って目をそらした。
? 変なヤツ。
「早く花作れよ、巻き眉毛」
「あぁん?手前ぇこの俺様のキュートな眉毛をなんと心得る!」
またある日の会話。
「そういや、この時期剣道もインハイとかあるんじゃねえの?練習行かなくて大丈夫かよ」
「顧問には許可をとってある」
「ふぅん。お前って強いの?」
「当たり前だ」
何だその答えは。
意味が分からなくて問いただすと、なんと去年は一年生ながら優勝したらしい。
…よくわかんねぇけど、それってスゴいことなんじゃねぇ?
本人は今年も優勝する気満々のようだ。
「高校生の大会ごとき、大したもんじゃねえよ。約束は世界一だからな。まだ足りねぇ」
…あー、そこに帰結するわけね。
くいなちゃんと世界一を目指そうって約束したことは前に聞いた。
大人から見ればたわいもない、途方もない約束だ。
でも、コイツはそれを土台に邁進してる。もしコイツからそれがなくなっちまったら…どうなっちまうのかね、コイツは。
…出来の悪い弟を持った気持ちってのは、こんな感じかねぇ。
くいなちゃんも、案外俺と同じような気持ちかもな。
その後聞いたところによると、ヤツはほんとに優勝しちまったらしい。うーん、たいしたもんだ。
■ end.
2005/09/23