■ 学ランと花束 4 ■
その月の19日は定休日だった。
「おう、いらっしゃい」
半開きのシャッターから、ゾロが腰をかがめて入ってくる。
「悪いな、休みの日に」
「なに、どうせやる事あったからな。ついでだついで」
先月の段階で次の19日が定休日だと気づいてた俺は、あらかじめ「店は開けておくから入ってこい」と言っておいたのだ。う〜ん、なんて気配り上手な俺。
あらかじめ作っておいた花束を渡し、荷物を持って自分も店を出る。
シャッターを閉めながらゾロに尋ねた。
「なあなあ、くいなちゃんのお墓ってこっから遠い?」
「いや?15分くらいだ」
「ふーん。なあ、俺もお参りに行っていいか?」
「は?」
「いやほら、自分が作った花束毎月プレゼントされてるレディにさ、一回くらい挨拶しておきたいじゃねえの」
あなたに愛情込めて作ってますよ、ってな。
「そんなもんか?別にいいけど」
職業意識ってのも大変なもんだな、と笑ってゾロは歩きだした。
11月の寒空の下を連れ立って歩く。
ゾロは今日も学校から直で来たのだろう、学ランにグレーのマフラーを巻いただけの軽装で、見てるこっちが寒い。
とは言っても、サンジ自身も学生の頃は学ランにコートなんか着なかった。そっちの方が格好いいと思ってたからだ。今思えば馬鹿なこだわりだと思うが、あの頃は格好つける事に必死だった。女のコにモテたくて仕方がなかった。
今隣を歩いている剣道馬鹿は、そういう事にこれっぽっちも興味がないみたいだ。
剣道一色のつまんねぇ青春を送るんだろうなーと思ったら、思わず頭を撫でてやりたくなった。
コイツにもし本気で好きな子ができて付き合ったりしたら、結構いい彼氏になると思うんだけどな。
つーか先ず、どんなのが好きって感情なのか知る事が先決か。
コイツに好きな子ができたら、諸手を挙げて応援してやるのになぁ。
それにしても、花束を持って歩く男二人というのは悪目立ちする。
職業柄花を待つことも、それで注目される事にも慣れているサンジだが、それにしたってこの突き刺さる視線はいかんともしがたい。
「おまえ、よくこれで毎月歩いてるな」
「? 何の事だ?」
あー、やっぱりこの鈍感男は気づいてない訳ね。
「おまえはもうそのままでいていいよ…」
と言ってポンと肩をたたいたら、子供扱いされた事に気づいたのか、眉間に皺が寄る。ガキは素直でいいねぇ。
商店街から道を逸れた時には正直ホッとした。
しばらく歩くと、住宅街の外れに、こぢんまりとした、明らかに住宅ではない建物が見えてきた。
「おぉ、これが寺か」
「…見た事ねぇのか?」
「俺、親クリスチャンだったからな。教会しか行った事ねぇんだよ」
「へぇ。んじゃ、その金髪は地毛か」
「おう。まぁ、育ちはバリバリの日本だけどな」
見慣れないものだから、ついきょろきょろと見回してしまった。
あっちの奥だ、と言って、ゾロは慣れた様子で境内を横切っていく。
くいなちゃんのお墓は、ゾロが毎月来てるだけあってピカピカに磨かれてて、何より俺が一ヶ月前に作ったブーケが──雨風に晒されて、見るも無惨な姿になってはいたが──あったから、言われなくてもそれと分かった。
二人で簡単に掃除をして、新しい花を供えて、手を合わせてお参りした。
目を開けて隣を見ると、ゾロはまだ目を閉じていた。
俺も結構長い時間くいなちゃんに話しかけてたと思ったのに。
邪魔しても悪いので、しばらくゾロが目を開けるのを待っていた。
何分かして、ゾロがようやく目を開ける。
「…おまえ、目ぇ閉じてんの長いなぁ」
「そうか? 1ヶ月分の報告だからな、こんぐらいになる」
「何話してんの?」
「あー…、今月はこれこれこういう事があったとか、こんな奴と戦ったとか、こんな事ができるようになったとか」
「はー」
ほんとに剣道馬鹿だ、こいつ。
何度思ったか知れない事実を、サンジは改めて実感した。
「交流試合とかって多いわけ?」
「あぁ、ウチは剣道強くて有名だから、週末はたいてい練習試合だ」
「はぁー、休みねぇじゃん。遊べるのなんて学生のうちだけだぞー」
「いいんだよ、ほかにやる事もねえし」
仮にも花の高校生が、今からそんなに枯れててどうする! とも思ったが、
「それに、強い奴と戦うのは楽しいしな」
そう言って不適に微笑む様が高校生離れしていたので、まぁいいか、とも思ったりもする。
「って、あれ? おまえ優勝したんだろ? 高校生でおまえの相手になる奴いるの?」
「あぁ、相手は大学生とか社会人とか…」
「へぇー。勝てんの?おまえ」
「どんなに相手が強くったって、3本に1本は勝つ」
「さよですか。…おまえ強いんだなぁ」
呆れたように言うと、それまで自信満々だった奴の顔が、不意に柔らかくなる。
「──くいなには、一度も勝てなかったけどな」
そう言って、奴はぽつりぽつりと語り出した。
■ end.
2006/05/06