■ 学ラン花束 ■
真っ黒な学ラン来た高校生男子が白い花束持って歩いている。
信号待ちの交差点に佇むその人物はなんだか非日常で、周りの風景から切り取られたみたいだった。しかも、ソイツが持ってるその花束が異常にでかい。無骨な服の上からでも分かる結構いい体つきの上半身をゆっくり隠すほどの大きさ。少なくとも俺はあんなでかい花束持ってる奴なんて見た事ねぇ。
更に、花の色が白一色。霞草とカラーと白百合で、他にはせいぜい葉っぱの緑。白百合の雄しべの黄色が、小さいくせにやけに目立つのも道理だろう。
サンジは花屋を営んでいる。といっても独立したのは最近で、今の場所に店を構えたのもごく最近だ。比較的交通量の多い商店街の角地、という好立地を見つけ、常々独立を考えていたサンジは渡りに船、とばかりにその日に契約を申し込んだ。
オープンして約2ヶ月。覚悟はしていたものの、やはり雇われびとと経営者では勝手が違い、目の回るような忙しさにはまだ慣れない。
時刻は夕方で、あと1時間もすれば帰宅ラッシュ、そしてそれは平日の花屋で最も忙しい時間だ。うららかな春の柔らかい日差しに、軒先に出たサンジはひと時の休息を思って目を細めた。
…なんだありゃ。
その光景にぶちあたったのはちょうどその時だ。店先のディスプレイを確認しようとして出てきたのだが、思わず目が釘付けになった。今、高校生は横断歩道で信号待ちしている。進んできた方向からして、こちらの方向へ向かってくるのは間違いない。
「なぁ、そこのお兄サン、」
予想通り店の前を通ろうとする彼を呼び止める。声をかけられた高校生は、不審な態度を露にしながらも足を止めた。
うぉ、凶悪そうな顔。しかも左耳に三連ピアスかよ。コイツが花束ねぇ…似合わねー。
「その花束、女のコにあげるんだろ?」
高校生はサンジと花束に数度目をやって頷いた。
「やっぱりな、ちょっとソレ貸せよ」
「は?」
状況に対応しきれていない高校生からさっさと花束を奪い取る。
「オイ、手前ェ何しやがる!」
「いいからいいから、ちょっと待っとけ」
店の奥のカウンターで包装をはがし、適当な花を見繕い再アレンジメント。
どういう注文すりゃこんなのが出来上がるんだ? 一応花の正面は捉えてあるけど、全体としてなおざりだし。不可解そうな顔して突っ立ってる高校生は、花束自体には興味無ェと見た。好きにやらせてもらうことにしよう。
しっかしでけぇなぁ、やりがいあるぜ。
「あ、ビビちゃん、そっからガーベラとってくれる?」
「ハ、ハイ」
店の片隅で何事かと見守っていたビビに声をかける。週4でアルバイトに入ってくれる働き者だ。
「あ、それじゃなくてそっちの。そうそう、ありがとうv」
ちょちょいちょい、とかたちを整え、アレンジ完了。ケープもちょっと豪華なのにしてやった。
「ほら、できあがり」
花束を渡された高校生はきょとんとした顔をしてる。その顔がいかにも年相応で、俺は思わず笑ってしまう。
「可愛くなったろ? さっきのも悪くねぇけど、女のコに渡す花束ならこん位色気がねぇとな」
「…そんなもんか?」
戸惑いがちに聞いてくる顔がいかにも経験浅い小僧って感じで微笑ましい。
「そんなもんだ」
「金、ねぇんだけど」
「あー、いいよいいよそんなん。こっちが無理矢理奪い取ったんだし。うちの店2週間前にオープンしたばっかりだからな。サービスサービス」
でも、と奴は言い募った。凶悪な外見に似合わずなかなか律儀だ。いや、むしろこの外見らしい、と言ったらいいのかね。
「んじゃあ、今度花買う時はうちの店で買ってくれよ。それでチャラだ」
「そんなんでいいのか」
「おう、なんせオープンしたてだからな。お客様は一人でも多い方がありがたいのさ」
分かった、また来る、と返事をした奴は、ありがとうと言いながらペコリと頭を下げて店を出て行った。
へえ、今時の高校生も挨拶位は出来るんじゃねぇか。てゆーかかなり無理矢理な事されたのに礼を言ってくなんて、ちょっとお人好し?
なんて、自分のした行動は棚に上げて高校生を笑ってみる。
あの高校生、あのでっかい花束をどんな顔してどんな女の子にあげるんだろう。
願わくば、もらった女の子が喜んでくれるといい。
そして、あの高校生も喜ぶ結果になればいい。
「あの花束、誰にあげるんでしょうね」
奴の姿が見えなくなった頃、ビビが話しかけてきた。おしゃべりしながらも手を止めないところは、経営者として大変嬉しい。
「えー、ビビちゃんああいうのがタイプ?」
「違いますよぉ。だってあんなおっきいブーケ珍しいじゃないですか。しかもあんな男の子が。気になりますって」
「だよなぁ。しかも白一色だし」
「ですよね。でも、よかったんですか?タダにしちゃって。結構高いのも使ったのに」
「あー、いいのいいの。だって女の子にあげるブーケなんだから、あれ位のことしなきゃ」
「ふふ、サンジさんらしい。ほんと、素敵になってましたもんね。あれなら渡された女の子も喜びますよ。サンジさんのアレンジはやっぱりスゴいです」
「お褒めに預かり光栄です」
戯れに紳士よろしく腰を折ってみせた。それを見てビビは花のように笑う。
やっぱり女の子はいいなぁ、存在自体が花だ。
ビビみたいなしっかりして働き者で、しかもかわいい子がアルバイトに来てくれた事に感謝しつつ、サンジは作業台の整理を手早く終えた。
その後、忙しさに忙殺されて、そんな出来事があった事すらすっかり忘れていた。
…一ヶ月後に、ソイツが再び店に現れるまでは。
■ end.
2005/08/20