*第三幕




「は?」

ゾロの口から思わず間抜けな声が漏れました。
「おいちょっと、大丈夫か」
ついさっきまであれほど可愛らしかった青年は消え、目の前にあるのはきゅうとのびた狐の姿ばかり。
鼻先に手をあて息をしていることを確認してホッと一息着いたものの、今度は熱く猛ったままの自分の息子を見やり、そっとため息をつきました。

起こさないようにそっと運んで、とりあえず運んだのは座布団の上。
狐はそこにすっぽりと収まる大きさでした。
なんとか己を鎮めたゾロが童子に持ってこさせた酒をちびりちびりと飲んでいると、横に眠る狐のしっぽがわずかに震えました。
やがてゆるゆると目蓋を持ち上げます。
狐の姿でも、その瞳の色は青のままなのを、ゾロは不思議な気持ちで見つめました。
開いた目は焦点があっておらず、覚醒はしてないようです。
「気ぃついたか」
上からのぞき込むようにかけられた声に、狐はがばりと飛び起きました。
そして、狐のものとなった手足を確かめ、頭上のゾロの顔を見て、またやっちまった、と力ない様子でうなだれたのでした。



普段は人の形をしていますが、虎族であるゾロは、当然虎の形を取る獣体に変化する事も出来ます。それは他の種族とて同じこと。
しかし、獣体をとるのはよほど特殊な場合で、何よりここ吉原のある東国では、獣体を見る事は裸を見るも同然とされていました。なので、ゾロも他人の獣体を見ることは殆ど無く、こうしてまじまじと見るのは初めてと言っていい経験でした。
狐になったサンジの毛並みは、人の形をしていた時と変わらず綺麗な金色をしています。
さわり心地もとても良さそうに見えました。

「ごめんな、ゾロ」
狐の姿でも、サンジが落ち込んでいる事は十分伝わってきました。
サンジがコトの最中にこうやって狐の姿に戻ってしまったのは初めてではなく、今までに3回やらかしているそうです。
サンジが謹慎を食らった問題とはこのことでした。
「最初の客が、ちっと乱暴な奴でよ。そいつは怒って2度と来なくて。次の客も2回来たけど、やっぱりこうなっちまって。…覚悟してここに来たってのに、情けねぇよなぁ」
「もどんねぇのか? それ」
ゾロの問いに、サンジはふるふると首を横に振ります。
「ダメなんだ。自分で獣体になろうと思った時は簡単に戻れるんだけど、こういう場合は、一段落しないと出来なくて」
「そうか、じゃあ仕方ねぇな」
あぁ、やっぱりゾロも怒っちまった…。
サンジがそっとため息をつくと、ふっと視界が陰り、ひょいと持ち上げられました。
「な、何すんだ!」
「何って…寝るだろ?」
そのままスタスタと歩くと隣の部屋の襖を開け、布団にごろりと寝そべります。
びっくりしてとまどった様子のサンジに、ゾロはからかい混じりに声をかけました。
「なんだ? 狐姿のお前に突っ込むなんて無体はしねぇから安心しろ」
「は、入るわけねぇだろ!」
先ほど腰に押しつけられていた昂ぶりを思い出して思わず真っ赤になったサンジでしたが、そうではなくて。
今までの客は、サンジが獣体になってしまうと怒って帰るか、部屋を追い出されるかどっちかだったのです。
まさか、同じ布団に寝るなんて。
ゾロがホラ、と布団をまくって、サンジを促します。
暖かそうな懐に誘われて、サンジはそろりと足を踏み出しました。



「お前の毛、すべすべで気持ちいいなぁ」
ゾロの胸にすっぽりと収まったサンジは、先ほどからゾロに背中を撫でられっぱなしです。毛皮の感触を確かめるように、逆立てたり、つままれたり、あるいはそれを撫でつけられたりと、サンジは今まで生きてきた分の倍以上を触られた気分になりました。
ゾロの胸はとても暖かく、それだけでも眠くなるほどなのに、背中を撫でるゾロの手はそれ以上に気持ちいいものです。
くっつきそうになる目蓋を、「お客様より先に寝てはいけない」という郭の心得(サンジがそれを実行するのは初めてでしたが)に従って、一所懸命持ち上げます。
「お前、つい最近ここに来たって言ったよな。郭にくるにゃあちと遅くねぇか?」
「うん、ほんとならもっと小さい頃から…あの、童子達くらいからいるもんなんだけど。ほら、北で飢饉があったろう?」
ゾロはあぁ、と頷きだけ返しました。今回の飢饉はそれは酷く、2年も続いたそれのせいで、北の人口は三分の二に減ったと聞きます。
「俺んちは食堂やってたから、まだそんなんでもなかったんだけど…ジジィが、病気んなっちまって」
ゾロの大きな手が、サンジの背をずっと撫でています。
あったかいそれは、慣れない郭に来て強ばっていた心をほぐしてくれるかのようでした。
「薬代が足んなくてさ。俺ぐらいの年でも金髪は高値が付くって女衒のおっちゃんが言うから」
お金をもらったら、サンジは実家をこっそり出て行くつもりでした。
「でも、ジジィには結局バレちまって、勘当だって追い出されたんだけどな」
あの日の事を思い出すと、鼻がつんとしてきます。
「頑固ジジイだから、もしかしたら金使ってねぇかも」
サンジは笑おうとして、上手く笑えませんでした。
狐の姿で良かったなぁと思います。だって、人間の姿だったら今頃顔中びしょ濡れです。
ゾロは、そうか、とだけ言うと、胸に納まっていたサンジを顔の高さまで引き上げました。
狐の姿と言え、泣いてる姿を見られたくはありません。
思わず身構えたサンジですが、怯む間もなく、涙で濡れた目尻をべろりとなめられました。
「な、なんだよ」
「お前の涙なら、甘そうだと思って」
「はぁ?」
「舐めてみたんだが…しょっぺぇな」
そう言ったゾロの顔はひどく真面目そうで、サンジは思わず笑ってしまいました。
「手前、変な奴だなぁ」
「そうか?」
「そうだよ」
つられてゾロも笑い出します。ひとしきり笑いあったあと、ゾロは再びサンジを懐に抱き込み、二人ゆっくりと眠りに落ちました。



次の日ゾロが目覚めると、腕の中の狐は人の形に戻っておりました。
彼を大人びてみせる双ぼうは優しく閉じられ、唇は薄く開いています。腕の中ですうすうと寝息をたてる様は、あどけないと言っても過言ではありません。
己が胸の内にじんわりと広がる暖かさに優しい笑みを浮かべたゾロは、サンジを抱き直して二度寝を決めこみました。







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2006/01/21




…はなしがすすまないよ(・▽・)。




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