みつめていたい



傷口にウォッカをかけるのを、どうしてもやめられない。




「えー!ゾロ先輩!?」
「お疲れ様です!」
「うぉーゾロ、こっちこっち!」

飲み屋の入り口がにわかに騒がしくなって、反射的に振り向いた俺は固まった。

視線の先には緑。
まごう事なきマリモ色。

なんで!
テメェ今日来ないはずじゃねえのかよ!
合宿だろ!?

「おい、サンジ?」
思わず固まっちまった俺に、隣に座ってたウソップが気遣わしげな声をかけてきた。
「あ、あー、悪い、大丈夫だ」
我に返って、ウソップに向けてへらりと笑う。
俺が固まった理由を知ってる奴は、無理すんなよ、と言うだけにしてくれた。

突然現れたゾロに皆のテンションがあがる。
コール禁止の店なのに、いらっしゃいコールが始まった。
駆けつけ3杯飲んだのに顔色一つ変えないゾロを、よせばいいのに俺の斜め向かいのジョニーが呼ぶ。
「先輩、こっちこっち!」
「ここ空いてますよー」
あぁ、コニスちゃんまで…。
舌打ちしたい衝動を何とか抑えて平然とした顔を作る。
空いてる席は、コーナーの、ちょうど俺の斜めになる席だ。

「お疲れ、よく来れたなぁ」
グラスを用意したウソップがゾロにビールを注ぎながら聞く。
そうだよ、テメェ今日来ないはずだろ。
テメェが来ないと思ったから、今日の飲みに来たってのに。
「俺が呼んだんすよー!偉いっしょ!」
既に出来上がりかけてるヨサクが調子っぱずれに叫んだ。
テメェか、余計なことしやがったのは…。
あー、エラいエラいと軽くいなしたウソップを横目に、揚げ物やらサラダやらを適当に皿にとりわけ、ゾロに渡した。
「ほらよ」
「おぉ、サンキュ」
何気ない口調に心を再び堅くしながら、顔は笑顔をつらぬいた。
「ゾロさん、乾杯乾杯!」
いつもなら気分が軽やかになるコニスちゃんの明るい声。
今は、胸のささくれがさっとなで上げられる。
くっそー…。
どうしようもなくて、ゾロの相手は左に座るコニスちゃんにまかせて、右隣にいるウソップばかり相手にする。
ふざけたふりをしてウソップを膝の上に乗せた。
普段から俺は酔うと触りたがりになるから、誰も気にしない。
ウソップも、知ってるから、俺がどうして抱き寄せたのか知ってるから、口では文句言いながらも大人しく膝にのっかってくれた。
そのままギュッと腰に抱きつく。

しんぞーがいたい。
ドキドキしてるのはきっと酒のせいだ。
でも、痛いのは。
あれから半年も経ってるのに。
まだ駄目なのか俺は。
この胸の内の傷がキリキリと痛む。

俺のしんぞーを抉ったのは、ゾロだ。

「あ、ウソップさんズルい!私もサンジさんに触るー♪」
そう言って肩にもたれ掛かってきたコニスちゃんも抱き寄せる。
「わーい、俺ハレムじゃん♪」
「へへー、サンジさんと飲むの久々ですね!元気でした?」
「いやぁそれが君がいない寂しさで胸に穴が空いてしまいそうでね」
さらりと言った口上に声を上げて笑ってくれる。
うーん、コニスちゃんもだいぶ酔ってるなぁ。

さっきから、このテーブルでは俺とウソップとゾロとコニスちゃんの四人で会話してるように見えるはずだ。
その実、俺はウソップとコニスちゃんとしか話してないけど。
ゾロも同様。
この不自然さに、当然ウソップは気づいてるだろう。
だからこそ、さっきからどんどん話題をふってくれる。

おかげで、俺は笑ってるだけでいい。

ごめんな、ウソップ。
今はちょっと、甘えさせてもらうわ。


*******




会いたくなかった。

だからといって、この場を立ち去れるほど潔くもない。

半年間、なるたけ会わないように、近づかないようにしてたのにな。

俺はうまく笑えてんのか?
自分じゃわかんねぇや。




*******


…視線、あわねーなぁ。

いや、俺があっちを見てないから当然なんだけどさ。
あっちはたまに、さっきからとっかえひっかえ誰彼構わずくっついてる俺を仕方なさそうに見てるけど。
それにしたって、同期を見る目でしかない。
それ以上でもそれ以下でもない。

「なー、パウリー、最近なんか面白い話ねーの?」
さっきまでくっついてくれてたウソップはルフィに呼ばれて別のテーブル行っちまって、コニスちゃんはお手洗い。
仕方ないから挨拶周りに来たパウリーをとっつかまえてくっついてる。
「えー、ないっすよ」
「なんかあんだろ、イロコイネタとかさぁ、お前等まだ枯れる年じゃねーだろー?」
あー、俺だいぶ酔ってるわ。
アイツ来てからピッチあげてガンガン飲んでるからなぁ。
「ないこともないですけどねぇ…」
「なになになに!やっぱあんだな!教えろよー」
「えーナニナニどしたの?」
食いついた俺の声を聞きつけて、隣のテーブルからバレンタインちゃんも寄ってくる。
あらら、そんなにピッタリくっついちゃって。
やっぱバレンタインちゃんがパウリー狙いってのはガチなんかな?
パウリーもまぁいい奴だけどなぁ。
「ねーねー教えて♪」
「いやいや、友達は売れないっすよ」
「えー、お前の代のネタだろ? ならお前が言わなくてもぜってー漏れるって!」
「んん、ですねぇ…」
おっしゃもう一押し!

ん?

なにお前。

「サンジさん、」

パウリー、お前、そんな顔する相手間違ってねぇ?

「教えたら、今度泊まりに行っていいですか?」

ひゃーおー。
あらまぁこの子は。
そんな顔したって、お前が先週コーザとホテル行ったってネタはあがってんだぜ?

「おっいーぜー?部屋来いよ来い」
「え、いいんすか」
おや、食いついてきたよ。
テクはまあまあだったらしいな、お前。
「おぅ、そーいやあれだな、うちの部屋ってウソップくらいしか来たことねぇなあ」
酔ったふりで殊更陽気に答えてかわす。

わざと、
わざと、ゾロにも聞こえるような声で話してる自分がひどく滑稽だ。

「え、だってサンジさん恋人いるんでしょ」
「別れましたー」

アイツはそんなのちっとも気にしないのに。

「え、マジですか?」
「マジマジ。だから早く教えろよ」

パウリーはちょっと期待した顔をした。
一回こっきりならいいかな、とかちょっとでも思った俺は、よっぽど淋しいんだろう。

パウリーから耳打ちされたネタはMr.3とミスゴールデンウィークが付き合い始めたって内容で、俺もバレンタインちゃんも大いに盛り上がった。
そのうち、ルフィに呼ばれたゾロは別のテーブルに行って、パウリーもどっか行って、俺一人黙々と酒を飲む。
気の抜けたビールはそんなに旨いもんじゃないからちびりちびり。
つまみもないし。



ゾロとは昨日会った。

一昨日も会った。

でも、今日会うとは思ってなかった。


それだけで、こんなに動揺してる自分が疎ましい。



だいたい、会ったっつってもほんとに「会った」だけで。
会話らしい会話すらない。
目すら合ってない。
ただ、同じ場所に居ただけ。

視界の端に、探すのを、俺がやめられないだけだ。



俺は金管で、アイツは弦バスだからいつもはじっこにいて見つけやすいアイツが悪い。
今日だって最初から練習にいりゃ心の準備も出来てたのに。
飲みだけ来るって、いくら酒好きだからって、そんなん予想もしねぇよ。

いまだってさー、耳が声追っちまうんだ。
目があっちを見ないようにするだけで必死。
笑い声とか聞こえてくるだけで、鼓膜が勝手に拾ってくる。
あいつの声なら、100人同時に喋ってたって聞き分けられるんじゃないだろか。

視線の先では、気の抜けたビールが名残惜しげに泡を浮かべてる。


あぁ。

まだこんなに好きだなんて。

俺だって知らなかったよバカヤロー。




諦めなきゃなーと思って。
諦められるかなーと思って。

別の奴と付き合ったりもしてみたけど。
やっぱ駄目だ。
お前が好きだ。

でも。
俺がどんなにお前を好きだって
お前が振り向かないことも知ってる。
絶対だ。


俺が好きになったのはそういうお前なんだから。





「えー、宴もたけなわではございますが、そろそろお会計のお時間でーす。今回は全員3でお願いしまーす」
飲み会で一人落ちてるのも馬鹿らしくて、あっち行ったりこっち行ったりしてたらもうそんな時間だ。
ぴったりくっついてたエースから身を離して立ち上がる。

「サンちゃんどこ行くのー」
「金払いに行くのー」

エースも俺と同じで触りたがりだから、飲み会のときはよくくっついてる。
俺もエースも、需要と供給を満たしてるようで満たしてないけど。
エースとくっついたら楽だろうなぁとは思うけど。
お互い、ほんとに欲しいもんとは違うって知ってるから。

おぼつかない足取りで会計のヨサクに近づく。
いざ財布を見たら、万札しか入ってない。
ありゃりゃ。
「ヨサクー、釣りある?万札しかないんだけど」
「あー、ちょっと待って下さーい」
ふと横を見ると、同じく万札持ったゾロが立っていた。
段差があるから見上げる形になる。
「お前も?」
「そう」
あぁ、今日初めて目があった。
人と話すときはきちんと目を合わす奴だから。
こっくり頷く姿が無駄にカワイイ。
…こんな野郎をカワイイと思うなんて、俺、ホントに末期だなぁ。
「金回収してくるんで、ちょっと待ってて下さいねーっ」
そう言ってヨサクが向こう行っちまって。
俺とゾロだけが残された。

店の隅、皆の集まるテーブルは向こう。
ここだけ喧噪から遠い。

どんな顔してるのかと思って視線を流したら、俺を見て、困ったような、笑ったような、柔らかい顔をした。
離れてったりはしないんだ。

お前ってどうしてそんなに優しいのかな。
離れてくれりゃいいのに。
避けてくれりゃいいのに。
そうすりゃ諦めもつくのに。

お前のそーゆーとこ、好きだけど嫌い。

大っ嫌い。


「お前さぁ、早く彼女作れよ」

駄目だ駄目だと思いながら、吸い寄せられるように近づいてく俺がいる。
肩にもたれた。
腕に触れた。

だめだ

もう止まらない


「んな簡単にできねーよ」
「なに言ってんだ、はよ作れ」

頼むから早く作ってくれ。
俺が羨むほど素敵な彼女。

ゾロのことだから絶対大事にするだろうし
彼女もきっとゾロしか見ない。

そうすれば、

そんな二人は見てて辛いから

きっとお前をさがすのもやめられると思うよ。

「まぁ、そのうちな」

そう言って、ゾロは俺の頭をポンポンと撫でた。

馬鹿かお前。

そんなことするから、忘れられないんじゃないか。

優しいのもいい加減にしろよ。

しんぞーが軋んで泣きそうな音を立てる。



あぁ、でも。
久々に触れる体温。
もたれた身体はずり落ちて、胸に頭を押しつける。
相変わらず固い。
そして熱い。

ちょっとでも嫌がるそぶりをしたらすぐやめようと思ってるのに、
アイツが逃げないから腰に手ぇ回して身体をピッタリくっつけた。

自分でも未練がましいなぁとは思うけど。

その温度が無性に愛しくて。

アイツから触れてきた、その指がどうしても欲しくて。

完璧に振られたのに、どうしてこんなに好きなんだろう。
誰かを思う。
それだけで泣けるなんて、
お前を好きになるまで知らなかったよ、俺は。

髪をたどる指が、しんぞーを柔らかにほぐしてく。
俺の胸には、ゾロでしか埋められない場所があって、
そこはいつだってお前を求めてる。
お前しか、いらないんだ。

今だってその穴は久々に感じるお前で満ち足りて、そしてもっともっとと渇望する。


温度。


匂い。


呼吸。



お前の全てに反応して、

お前につけられた傷がじくじくと痛みながらも喜んでいる。





ちらりと見上げたゾロの顔に、俺の胸はまた締め付けられた。
表情は読めないけれど、酷く優しい男がそこにいる。
深く静かに息をついて、俺はそっとあきらめた。



この傷が癒えることは、きっと、永遠に無いのだ。






■ end.
2005/12/06





こんなんでも最後はハッピーエンド。だってウチのゾロとサンジだから。ちょっとこう、メランコリックなものが書きたかったんですよ…。あ、パウサンはないです。夢見せてゴメンね、パウリー。

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