■ 白昼堂々 ■



「何だ今のは」

ゾロがむっつりした顔で聞いてくる。
うああヤバイヤバイ。
これは怒ってる。絶対怒ってる。
そりゃそうだよな怒るよな。
俺だってそんな事されたら絶対怒る。っつーかキレる。

波は穏やか、気候も温暖。
我らがゴーイングメリー号の航海は今日も順調。
昼食が終わった後の船上は穏やかな雰囲気に満ちていた。
しかし、ここ船尾の空気は張りつめている。

なんか重い。てゆーか重すぎ。

ゾロと俺の二人きり。
春島が近くにあるらしく、いたってうららかな陽気の下、俺はだらだらと冷や汗をかいていた。

「何って、えぇと…べろちゅー?」

湧いた頭で、どうにかそれだけ返す。
言ってから、言わない方がましな言葉だと気づいたが後の祭りだ。
その証拠に空気がいっそう重くなった。
どうにも居たたまれなくて視線をゾロからはずす。
だって、ゾロの唇はいまだにてらてらと光っている。
あれはサンジの唾液でてかっているのだ。
せめて手で拭うとかしてくれたらいいのに。
……あんまり卑猥で見てられない。

だってゾロが悪いのだ、なんてサンジは責任転嫁してみる。
こいつがぐーすか寝こけて全然起きないから。
何しても起きないから。
事態はここまで発展してしまった。



*********




ゾロの一日の行動パターンは大体決まっている。
朝は結構自主的に起きてくる。
朝食後そのままトレーニングし、昼食の後決まって昼寝。
3時にサンジに蹴り起こされ、ちょっとした小競り合いをしてからおやつを食べてまたトレーニング、そして夕食。
敵船の襲撃でもない限り、このパターンは殆ど崩れない。

たしか、気づいたのはアーロンパークを出て比較的すぐの事だったと思う。
この昼食後の昼寝において、俺はゾロが何をしても目覚めない事を発見した。
いつも船尾に陣取って寝る苔頭は、俺が何しようと、頬をつねろうと耳を引っ張ろうと髪を抜こうと、起きなかった。それこそ、本気の殺気を込めた蹴りを放たない限り。
それに気づいた日から、昼食の後片付けが済んで3時のおやつの仕込みを始めるまでの短い時間は、自分のちょっとした息抜きタイムになった。

何しろ、何をしても起きないのである。
顔を左右にぎゅーっと伸ばしてウーパールーパーみたいにしてみたり。
緑の腹巻きにズボズボ指をつっこんでみたり。
煙草の煙を吹きかけるとしかめっ面になるのを観察したり。
マリモセラピーはなかなかに効果良好だった。
ひとしきりいじり倒した後、おやつの準備に取りかかる。
そんで、麗しのレディたちと欠食児童たちにおやつを振る舞った後、船尾でクソ緑を蹴り起こし、いちゃもんを付け合う。
俺にとっても立派な日課になってしまった。



その日も、午前中にちんけな海賊団の敵襲があった以外(もちろんとっととご退場願った。腹ごなしにもなりゃしねぇ)は日々のルーチンワークに狂いはなく。
「さーてと」
今日も変わらずお美しいナミさんと可愛らしいビビちゃんに紅茶をサーヴし、群がるガキどもに十分な量を渡した後、船尾へ向かう。

「起きやがれ、クソマリモ!」
足を腹筋目がけて思いっきり蹴りおろすと同時に上がる、僅かなうめき声。
「〜〜〜〜っ、何しやがるクソコック!」
鳩尾や金的でないだけありがたいと思えってんだ。
「人が近づいたのにも気づかず寝こけてるお前が悪いんだよ。おら、おやつだ来い」
そういってきびすを返すと、黙ってついてくる気配。そうそう、減った胃袋には誰でも忠実だ。
「それにしてもお前鈍すぎじゃねぇ? そんなんで剣士が務まるのかよ」

「あァ?だって手前は仲間じゃねえか。 敵襲があったら起きる」

なんでもない事のようにさらりと言われたセリフは、俺に爆弾を落とした。

落とした本人は気づかずにさっさとラウンジに入ってしまう。

その爆弾はサンジを喜ばせ、また少しだけ悲しませた。
そして、自分が悲しい、と感じている事実に驚愕した。

毎日のように反目していながら、きちんと仲間として認めてくれている事が嬉しかった。
それと同時に、仲間としてしか認識されていない事が淋しかった。

…その時、サンジはゾロに惚れている事を自覚したのだ。



まあ、前々からその傾向はあった。
バラティエで初めて会った時から妙な胸騒ぎはしていたのだ。
それからアーロンパークを経て、ローグタウンを経て、グランドラインに入って。
奴にどんどん惹かれている自分がいた。
でもそれは、あくまで同じ男に対するライバル意識と、一種の尊敬ゆえだと思っていた。
だって、俺は男だし、あいつも男だし。
ソレがどんなに「恋」とおなじ感覚であっても、俺はそれに無視して蓋をしてきた。
認めたらなんだかいろいろ終わってしまうと思ったから。

でも、今の一言で、その努力は水になった。
サンジはすっかり自覚してしまった。

思えばバラティエで奴が切られたあの日、俺の心もとっくにざっくり切られちゃってたのだ。





そんなわけで、自分の気持ちをすっかり自覚したサンジはもういっそのことその状況を楽しむ事にした。

あいつが絶対に振り向くはずがないのは分かってる。
もしこの気持ちがバレたら、気持ち悪ィっつって二度と話しかけてくれなくなるかもしんない。
だからこの気持ちは一生封印して、打ち明けないで、やがて風化するのを待っていよう。
仲間としてなら、ゾロのそばにいられる。
あいつが怒ったり笑ったりするのを、俺の近くにいる事をとことん楽しもう。

そう思った。
はっきり言うとヤケだった。



その次の日から、サンジの隠れたスキンシップは少々方向性が怪しくなった。
最初の日はおでこにチュ、で気が済んだ。
それだけでだいぶ満たされた自分の乙女っぷりに、ちょっと落ち込んでみたが、そこは開き直ったサンジである。
なにくそ、恋はハリケーンだ、と訳の分からない気合いで自分を浮上させた。
次の日は鼻先にチュッとやって、次の次の日はほっぺにチュ、だ。
自分は坂を転がる石どころか滝壺に落ちる石ころのようだと思った。

何日かモゾモゾしていたが、ある日とうとう唇にチュ、とやってしまった。
それは本当に口と口が触っただけ、という粘膜接触の風上にも置けないようなものだったが、サンジはそれはもう満足して、同時にいたたまれなくて甲板の上をごろごろと転がった。

そしてまた何日か経ったある日。
その日はゾロの唇が半開きだった。なんかもう誘われてる気がした。
なにせゾロで抜ける事は3日も前に証明済みだった。

自分一人の荒い息が響くバスルームで、あぁ、俺はついに男で抜けるようになっちまったのか、という絶望感と、妙な達成感に同時におそわれた。
その次の日はまともにゾロの顔を見られなかった。でも隠れたスキンシップはしっかりやった。

で、話は戻って今日である。
自らの腕を枕に今日もゾロは眠っている。
半開きになった唇からは角度次第では白い歯もその奥の赤い舌も見えてしまう。

くそう、ゾロのくせに何でこんなにそそるんだ!

そう思うなら近づかなきゃいいと分かってるはずなのに、今日もサンジは側に寄ってしまう。
そしてキスしてしまう。

ちょっと重ねるだけ。
重ねるだけ。

そう思って下唇にそっと触れたのに、サンジの舌はそれを無視してゾロの口の中にするりと入り込んでしまった。

あああ、駄目だって、ヤバイって!

理性はそう警告するのに、舌先に触れたゾロの舌の柔らかさ、暖かさにもう止まらない。
何度か表面を舐めてみる。
ざらりとした感触は猫のようだ。
そして意外に柔らかい。
もっと筋張ったのを想像してたのに。
傍らにしゃがみ込んでいた体は、下半身を残してもうゾロの上体に覆い被さっている状態だ。ゾロに体重がかからないよう、左手で体重を支えて。

くちゅり、

舌と舌に空間が出来るたび濡れた音がして、なんだかものすごくいやらしい事してる気分になる。
遠くで聞こえる年少どもの声も、今はもうサンジの耳に届いていない。
むしろこの青空の下、みんなに隠れてこんな行為をしている事に密かな興奮を覚えた。

「……っふ」

思わず声が漏れた瞬間。
ゾロの眼がぱちりと開いた。

たぶんサンジの目もいつもの1.5倍は開いた。
あまりの事に頭が真っ白になってピシリと固まってしまう。

が、下になっているゾロが僅かに身じろぎしたのを察知して、素早く顔を上げた。
上げたのは良かった。しかし、その後がいけなかった。
サンジとゾロをつなぐ銀色の糸が糸を引いて、耐えきれずに切れて、よせばいいのにゾロの唇にぱたりと落ちる。

……え、エロくせぇーーー!

てらりと光るそれに、サンジは自分の置かれた状況も忘れて思わず興奮した。
が、すぐに眼前にいる人物のまとうただならぬ雰囲気に気がついて、今度こそサンジは固まった。



さて、ここでやっとこの話は冒頭の部分に戻るわけである。



*********




べろちゅー、とアホな答えを返した俺に、ゾロはその負のオーラをいっそう強くした。
「んなこたぁ分かってる。何でそんなことしたんだって聞いてるんだよ」
妙に静かな口調なのがより恐ろしい。
てゆうか、「何で」!?
お前が言うのかそれを!
俺の気持ちなんかちっとも知らないくせに!
普段何したって起きないくせに、何で今日に限って起きやがったこのクソバカマリモ!

支離滅裂な言いぐさだが、ゾロに関して既に結構ヤケになっていたサンジは、これで更にやさぐれた。
なんかもうどうなってもいいやと思った。

「……だからだ」
「アァ?聞こえねえよアホコック」
「テメェが好きだからに決まってんだろこの苔ミドリ!」

絶対に言うまいと思っていた言葉は案外するりと出てきた。
想像にはなかった罵声付きだったが。
本人は気づいていなかったが、思わず叫んだその姿は涙目で、真っ赤で、ぷるぷる震えていて、どこの小動物だお前は、という風情だった。

「ふぅん…、なら問題ねぇ」

は?

とサンジが思ったか思わないかのうちに、腕をぐいっと引っ張られてゾロの顔のドアップが眼前に。
「なっ……」
にする気だ、という語尾は口の中に吸い込まれた。
もちろんゾロの口の中へ。


う、わーーーーーーー。
そんな言葉しか思いつかないほど、なんだかサンジは嵐の中にいた。
ゾロの舌が自分の口の中を縦横無尽に荒らしている。
最初縮こまって奥にいた自分の舌を、ゾロは顎を手で掴む事で引っ張り出し、固まっていたそれをゆるりゆるりと解きほぐす。
一度絡め取られたら、後はもうめくるめく世界への旅立ちだった。
肉厚な舌がサンジの舌を存分になめ回して、上顎を撫でられ、歯の裏までなぞられた。
離れるのがイヤで無意識に舌を伸ばすとつんつん、と先っぽをつつかれ、そのまま横に滑っていく。
「ふぁ……っ」
息苦しさに溢した息すら吸い込まれ、舌を甘噛みされて体が震えた。
ちゅるりと吸われるたびに、なんだか体の中が全部持って行かれそうな錯覚に陥る。
何度も角度を変えては重ねられ、その度にゾクゾクとした快感が背筋をはい上がった。

ようやっと唇が離される頃には、サンジは息も絶え絶えになっていた。

座ったままのキスで良かった、とサンジは心底思った。
腰が抜けてしまって立てそうもないと、沸いた頭で抜けた事を考える。
しばらく思考停止に陥っていたが、ゴシ、と唇を拭われた感覚で我に返った。
が、ゾロがそのどちらのか分からない唾液で濡れた指を舐めるのを直視してしまって、また沸いた。

「ゾ、て、てめ、…っな、」
真っ赤になって湯気でも噴きそうなサンジに対し、ゾロはどこ吹く風だった。

「まぁ、今はまだ日も高ぇしな」
そう言いながらすっくと立ち上がる。
見上げる形になったサンジには、ちょうど影になってしまってゾロの顔が見えない。
サンジの目が慣れる前に、ゾロはくるりと後ろを向いてしまった。そのままスタスタと船尾から出て行ってしまう。
そして、呆然としたままのサンジに一言。

「今度は俺が起きてる時に来い」

ちらりと見えたその横顔は見まごう事なき不敵な笑みを浮かべていて。
言われたサンジは、未だ腰が抜けて立てないサンジは、その言葉にただ打ち震えるしかなかったのだった。

■ end.
2005/06/09





高校の時に書いたのの焼き直し。その時のテーマはSZに見せかけたZSだったんだけど、書き直すに当たってサンちゃん乙女炸裂で見る影なしです;

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