■  腕環  ■



かちりという金属音とオイルの燃える匂いとともに、月明かりしかなかった格納庫に新たな光が生まれて、すぐに消えた。
「んー、やっぱり事後の一服は最高」
そういってサンジが吐き出す紫煙を何とはなしに目で追う。俺の隣に真っ裸で寝転がるこのコックと体を重ねるようになって一体どれくらいたっただろう。
むき出しになっている背中を見れば、自分のつけた跡が、今日は取り分け肩胛骨の動きが気に入ったので散々に噛みついた跡が目に付いた。
そういえば、最初に抱いた時もバックだった。正面からがいい、というコイツに負担をかけたくなくて、無理矢理うつ伏せにさせた。あん時は首にキスマークを付けて、見えるところに付けるなクソヤロウ、と終わった後に赤い顔で言われ、それがまた情欲をそそってそのまま2ラウンド目になだれ込んだ。今度は正面からじゃなきゃイヤだ、とこれまた煽って仕方がない事を言うので、お望み通り正常位で、見えるところで無ければいいんだな、と先の言葉を解釈したゾロは、胸から腹にかけて跡を付けまくった。
その日以来、サンジの体から跡が消えない日はない。

「おい」
サンジに腹めがけて蹴りを入れられる。
「何すんだ」
「てめぇこそエロい面して何考えてやがる」
「あぁん?」
考えてる事が顔に出てただろうか。そういったサンジの方が照れたようで、煙草を吸う手がせわしない。
「お前が足りねえなら…」
伸ばしかけた手をぱちんと払われる。
「アホか、3回も出せば十分だ。明日も早いんだからな、俺はもう寝るぞ」
もとよりゾロもそのつもりではない。おう、と答えて、腰まで掛かっていた上掛けを引っ張り上げようとしたサンジに向かって手を広げる。
「……」
しばし無言でその手を見つめるサンジに、ゾロは不思議そうに首をかしげた。
「なんだ?」
「なんでもねぇよっ」
煙草を床に押しつけながら、のろのろと自分の腕の中に潜り込んでくるサンジがまどろっこしくて引っ張り込む。――初めて寝た夜から、臆面もなく自分を抱き込んで眠ろうとする目の前の男に未だに照れるサンジである。当の本人であるゾロは、相手がそんな事を考えてるなど全く思い至ってなかったが。
しばらくゴソゴソしていたサンジだが、やがて据わりのいい場所を見つけたようだ。自分の腕に頭を乗せて、背中を胸に寄りかからせてきた。以前、何でこっち向かねぇんだ、と聞いたら、そんなこっぱずかしい事出来るかボケッと渾身の蹴りを入れられたので、それ以来体勢に関しては口を出さない事にしている。それに、ちょっと頭を下げればサンジの金髪に鼻面をつっこむ事の出来るこの状態が、ゾロは案外気に入っていた。
サンジの下敷きになっている左腕はそのままに、右腕を腰に回す。
腰骨の上に置いた手を、サンジの長い指がつかんで腹の前にまで回される。その位置の方が落ち着くらしい。捕まれた手に、少しざらついた指先の感触が伝わる。

なんとなく、その手首を握りかえして、自分の目の前まで引き上げた。

サンジは結構骨太な体つきで、皮が薄い。握った手首はすぐ下に骨の感触がする。女のように柔らかくないし、何より自分の指が回りきらない、結構頑丈な手首に、改めて男なんだなぁと思う。
「なんだよ」
「んー…」
サンジからの問いかけに曖昧な返事をし、俺は握る手に更に力を込めた。
一定の間隔で俺の指を叩いていくものがある。
骨と、皮膚と、その下を流れる血。
それを感じながら、まじまじとサンジの手を眺めた。
白くて長い節くれ立った指。爪はいつも切りそろえられていて、指先はいつもかさついている。
「あのな」
「ん」
「お前のクソ馬鹿力で握られてるとよ、いくら俺様の手でも痺れてくるんだがな?」
「そうか」
「そうかじゃねーよ」
いつも痺れているといい。俺の脳みそはいつも痺れてる。
お前がそうじゃないなら、ずるいじゃないか。

なんだか妙にむかついて、そのまま引き寄せて手首に思いっきり跡を付けてやった。

「あっ、てめ!見えるとこにつけんなって言ってんだろ」
「袖まくらなきゃいいじゃねぇか」
「たく、このケダモノめ…」
「そんなにお望みならもう片方にも付けてやる」
やめろ、という抵抗にもめげず、左手首にもキスマークをつけてやった。
本来付きづらい場所だろうに、サンジの白い肌には夜目にもはっきりと赤い跡が浮かんでいる。
それに満足して、憤るサンジをおいてゾロはとっとと眠りに落ちた。




お前の手首のまはりを、私の手で握る、
容赦なくお前の血の流れを堰く、   
これ等二つの腕環の控子には、    
二つの接吻の紅玉をちりばめる。   

腕環/ルミ・ド・グウルモン

■ end.
2005/07/13





ラストの詩はまたも月下の一群より。グールモンの詩は官能的でいつもそそられます。

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